
大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」。
主人公、蔦屋重三郎は、いわば、メディア王、敏腕プロデューサー!その、蔦重のように浮世絵をつくる“版元”が今も5軒ほどあり、浮世絵の技術・伝統を守りつつ、新しい挑戦を続けている人がいます。まさに、“令和の蔦重”!浮世絵のプロデュースとは!?
浮世絵は職人たちの高度な技が結集した芸術!

“令和の蔦重”こと、坂井英治さん。浮世絵を販売する版元の代表をしています。版元である「浮世絵プロデューサー」とは、どういった仕事なのでしょうか?

絵の構想を立てて、絵師と相談し、絵を作り上げていき、彫師・摺師に、彫り摺りのお願いをして…やっと三位一体で作品ができると。そういったところの総合的なプロデュースをしてますね。

部屋には、坂井さんが企画した浮世絵がずらり。まず、目に入ったのは有名な浮世絵。葛飾北斎の『神奈川沖浪裏』や『赤富士』を始めとする『冨嶽三十六景』。江戸時代にあったものを、坂井さんが、現代の職人たちと復刻したものです。一方で、よーく見ると…江戸時代にないものが!

人気アニメを、浮世絵の伝統技術で制作したもの。新たな浮世絵ファンの心を掴んでいます。

浮世絵って、ちょっと漫画に似てるんです。平面で、ちょっとデフォルメして、笑いもあって、おしゃれなところもあって。見る人によろこんでもらうっていうようなことはしてますね。
“新しい浮世絵”なぜ現代で?
坂井さんが浮世絵と出会ったのは、30年ほど前。知り合いの版元を訪れたときに見た職人たちの技に、すっかり魅了されたといいます。

まず、細い線を一本一本丁寧に彫り、1作品にかける時間が、1人当たり1か月から2か月。ひたすら朝から晩までやっている、その実直なところにほれ込み込みましたよね。日本の凄さというか、職人の凄さというか。見た時に『これ、絶対残さないとダメだよね』っていうのは最初に思いました。これって、生涯、命かけてできる仕事だなと思った。
坂井さん、絵を見ながら、浮世絵の魅力を教えてくれました。

浮世絵の特徴は、奥行と立体感。それは、絵を裏返すと、見えてきます。和紙に、絵の具がしっかりと摺りこまれることで生まれているんです。さらに、機械では表現することが難しい、なめらかで美しいグラデーション。

左が、プリンターで印刷したもの。右側が浮世絵(木版画)です。

この、色の発色。しっかり時間をかけて(色を)押し込んでいくっていうこの奥行き、風合いっていうのは、やっぱりこの、和紙に木版画っていう独特のオリジナルのものでしょうかね。
そもそも浮世絵は、高度な技を持つ職人たちの合作!

当時の風俗や名所等を描いた「絵師」、その絵をもとに、版木を彫る「彫師」、その版木に色をのせて摺る「摺師」の、三者による手仕事によって完成します。この三者をまとめるのが、版元である、浮世絵プロデューサーの仕事なんです。
三位一体!職人たちの神業が支える「浮世絵」
今もなお、私達の心を掴む「浮世絵」。その魅力を紐解いていきます。まずは、北斎や写楽などにあたる「絵師」。

絵師の、塩崎顕さん。美術系の大学で日本画を学び、日本画家として活動していますが、7年前から、浮世絵師としても活動しています。
まず、版元である坂井さんが、企画を絵師に相談。時には、意見が食い違うことも。


僕が出した意見を、版元さんがちょっとなって難色を示し出すと、「ちょっとこれ違うな…」っていうのがありますし、そこは、坂井さんはたくさんの絵を見ていらっしゃるので、そういう掛け合いの中でまた出てくる面白さもあると思います。

浮世絵を描く上で、最も重要なのが、「線の引き方」。被写体のイメージを、線の太さや、墨の濃淡に託すといいます。例えば、この絵だと、顔の輪郭は、細くシャープな線にすることで、クールな印象に。着物は、少し線を太く、薄い墨で書くことで、布の軟らかさを表現しています。絵師の描いた線が、彫師への指示書となるんです。
葛飾北斎は、わざと彫師に挑戦するような、彫るのが難しい線を描いていたそうですよ。
綿密に計算されて描かれた絵は、「彫師」の元へ
工房がある新宿を訪ねました。彫師の、朝香元晴さん。職人歴57年です。

実は、彫師や摺師は、江戸時代から師弟関係で技術を繋いできた人たち。現在は数えるほどしか残っていません。

僕たち職人っていうのは、版元さんから依頼されたものをいかに忠実に復刻するかっていう、注文主さんのオリジナルの持ってきたものと、僕が復刻したものを並べてどちらがオリジナルなんだ?って言わせるのが僕のよろこびなんですね。
絵師が描いた線を残して、周囲を彫っていく彫師。その、繊細な“彫り”の中でも、特に難しいのが、“毛割”というワザ。髪の毛の生え際です。

朝香さんは、1ミリに4本の髪の毛を彫ることができるんです!坂井さんは、“超絶技巧”と呼んでいます。
見せてもらった毛割の部分、1mmの中に3本入っています!本当に髪の毛のよう。いや、髪の毛より、細いかもしれません!
小刀の場合は、板に刺すと線が震えないので、まっすぐ、丸みを持って彫ることができるといいます。筆でも描けないような細い線を、綺麗に彫れるんだそうです。

そんな朝香さんに今回、坂井さんが依頼したのは、葛飾北斎の『富嶽百景』。元々は白黒の絵ですが、これに、今風の色を付けるという企画です。色が多くなればなるほど、彫師の手腕が試されます。

今回は坂井さんが新しい綺麗な色の注文がありましたので、こういうふうに現代的に前のは白黒なんですけど、これはもう本当にいいんじゃないかなって思いました。
最後に登場するのは「摺師」

今回“摺り”を担当するのは、鉄井裕和さん。父の跡を継ぎ、この道20年です。色の違いで完成の出来が変わるため、坂井さんから、厳密な注文が入ります。

墨、入れてもらって、青みを抑えてもらって、これより少し薄くしてください。あと、こっちは黄色をいれてもらっていいですか。
鉄井さんが作業をする部屋は、大きな窓から光が差し込む、明るい部屋。


色みを見るときは、人工の光より天然の光の方が見やすいというので、ここから光が入るようにしてやっています。
まず、絵が彫られた版木に墨をのせ、輪郭となる線を摺ります。バレンに力を込めて…紙の奥までしっかり墨を摺り込みます。板を変えて、色をのせていきます。
摺りのなかで最も高度な技の1つが、“ぼかし”。

たとえば、この、波のグラデーション。細かい髪の毛や着物の柄と違い、ぼかし具合は、摺師に任せられています。まず、版木に水を乗せます。そして、絵の具を乗せ、その境目を、ハケでならしていきます。職人の感覚で、ぼかしの幅や濃さをコントロールしていくんです。

ばれんで摺り込むと…滑らかなぼかしができました。

よく彫師と摺師は全く逆だって言われてるんですけども彫師が楽してるところは摺師が大変・摺師が楽なところは彫師が大変っていうもう 全部何もかも逆だという。
こうした作業を繰り返すこと8回。絵になじむグラデーションが美しい、新しい『富嶽百景』が摺りあがりました。

完成した絵を、坂井さんが、チェック。緊張の一瞬です。坂井さんからは、「いいんじゃないですか」という言葉が…!

僕は、絵師でもないし、彫師でもない、摺師でもないんですけれど、やっぱりこう、出来上がった時の感動、満足感。おっし、上がった!やっと1つできた!っていうのはありますよね。
浮世絵の伝統、職人のワザを残したい!

30年前、浮世絵の版元に弟子入りした坂井さん。版木の管理や、絵の検品を通して、浮世絵を見る目を培っていきました。しかし、その頃はすでに、浮世絵産業は厳しい状況に。担い手である職人の後継者も、少なくなっていました。まずは、“職人たちの仕事を作らなければー”。20年前、勤めていた版元からのれん分けで、自分の版元を始めました。復刻の美人画を中心に販売していましたが…思うようには売れませんでした。

売れるものがなかなか見出せないというか。どうしてもコストも上がってきていますしね。やっぱり家族からは、衰退していく事業で、飯が食えるのかって猛反対はあいましたけど、どうしてもこの浮世絵の木版画というのは残したかったので、やらせてくれと。本当それこそもう死に物狂いでやってましたね。
“興味を持ってもらえる、「現代の浮世絵」とは?”坂井さんが考えた末に思いついたのが、「アニメ・漫画」でした。若い人たちに、今も、彫り・摺りの職人がいるということを知ってもらうためには、アニメや漫画が1番親しみやすいと考えたのです。坂井さん、様々なキャラクターの版権元に行って、交渉をしていきました。
ところが、軒並み相手にされず、「浮世絵にする意味がわからない」と、門前払い。仲間内からも、違和感を唱える人がいたといいます。
そんな逆境のなかでたどり着いたのが、『ドラえもん』。アニメを、浮世絵にする理由が、あったのです。

坂井さん、ただ浮世絵にキャラクターを登場させるのではく、「ドラえもんがタイムマシンに乗って、江戸時代を旅する」という物語を企画しました。

実際、絵を描いて発表した時に、ドラえもんがなぜか浮世絵に馴染むというか、あまり違和感がないというか。非常に、北斎の絵にしても、広重の絵にしても、非常に相性がいいので。人気のシリーズになってますね。
坂井さんは、新しい浮世絵の企画を常に考えています。

今後は「令和にふさわしい浮世絵」を作りたいと、絵師ともよく話しているんだそうです。そうして生まれた1つが、「令和美人画」!女性が手に持っているものに注目すると…ビールやコーヒー、スマートフォンも!令和にマッチしています。
伝統の技術を使いながら。浮世絵プロデューサー・坂井さんの挑戦は続きます。

坂井さん
「やっぱり、世界に打って出たいですね。世界中にブームを巻き起こしたいし まだまだ浮世絵こんなのあるぜ!みたいなのは、僕らの目標ではありますね」