【レビュー】江戸の美人、肉筆画の浮世絵でーーMOA美術館で「UKIYO―E 江戸の美人画」展 4月16日まで

菱川師宣「江戸風俗図巻」(部分) 江戸時代 17世紀
UKIYO―E 江戸の美人画
会場:MOA美術館(静岡県熱海市桃山町26-2)
会期:2024年3月1日(金)~4月16日(火)
開館時間:9:30~16:30(入館は16:00まで)
休館日:木曜日
アクセス:JR熱海駅バスターミナル8番乗り場から「MOA美術館行き」に乗車、終点「MOA美術館」下車すぐ
観覧料:一般1600円、高校生・大学生(要学生証)1000円、65歳以上(要身分証明)1400円、中学生以下無料。
※最新・詳細情報は公式サイト(https://www.moaart.or.jp/)で確認を。
※作品はすべてMOA美術館所蔵

そろそろ桜の季節である。満開の花の下で音楽を奏でる人々。それを眺める美しい女性。菱川師宣の「江戸風俗図巻」が描くのは、リアルに生きている人々の息づかい、つまり「浮世」である。そのリアルな息づかいの中から流れ出してくる優美な雰囲気。まさにそれは、江戸文学でいう「俗中雅」――。ここで描かれているのは、MOA美術館のコレクションから選抜した今回の展覧会を象徴するような世界ではないだろうか、と思うのである。
江戸時代を代表するマスカルチャーとして、町人層から大名・貴人まで幅広く浸透していた浮世絵。その中心は絵師・彫師・摺師が分業で制作し、大量に頒布することができる「版画」だったのだが、流通・表現形態はそれだけではなかった。絵師が自分自身の筆で描き出す「肉筆画」は、「1点もの」の作品として高く評価されてきた。「美人画」は、そういう「肉筆画」の中でも重要なジャンル。時代の空気を反映し、変化し続ける「美人」たちの衣裳・髪型・容貌・・・・・・、この展覧会では、17世紀の菱川師宣から19世紀の葛飾北斎まで、18世紀後半の「黄金時代」の「肉筆画」を中心に、68点の「美人画」を展示する。

懐月堂度繁「立美人図」 江戸時代 18世紀
山崎龍女「傘持美人図」 江戸時代 享保15(1730)年頃

目立つのは、鈴木春信によって多色刷り版画の「錦絵」が誕生する前、浮世絵の中でもクラシックな作品が豊富に見られることだ。「立美人図」の懐月堂度繁は、「懐月堂派」という肉筆美人画のスタイルを築いた懐月堂安度の弟子。18世紀前半に活躍した絵師だが、着物の柄の精巧で緻密な書き込みが印象に残る。山崎龍女は、その名前通りの女性絵師。「傘持美人図」は14歳の時の作品というが、神社の境内などで参拝客を前に即興的に描くのを得意としていたといい、「会いに行ける絵師」としてアイドル的な存在だったのかもしれない。どんな時代でも「ライブパフォーマンス」は人々の耳目を集めたものなのである。

鈴木春信「五常 信」 江戸時代 明和4(1767)年頃

鈴木春信の「錦絵」も多く展示されている。春信の描く美人は華奢でかわいらしく、現代的に言えば「アイドル」っぽい。次の時代、鳥居清長になるとモデルのような「八頭身美人」が描かれるようになる。また、春信の「錦絵」は武士と町人が混在して狂歌・俳諧などを楽しんだ江戸の「文化サロン」で生まれたもの。だからというべきだろうか、内外の古典を下敷きにした風雅な作品が数多い。かわいくて雅。そんな春信の特徴は、今回の展示作品からもはっきりと浮かびあがってくるのである。

勝川春章「雪月花図」 江戸時代 18世紀
葛飾北斎「二美人図」 江戸時代 19世紀初期

というような蘊蓄はさておき、何と言っても「目玉」は、2つの「重要文化財」、勝川春章の「雪月花図」と葛飾北斎の「二美人図」だろう。春章は18世紀後半に活躍、「勝川派」の創始者となった絵師で、錦絵の「役者絵」で名を挙げたが、1780年代後半からは主に肉筆美人画を描くようになった。「雪月花図」はその代表作のひとつ。「雪」の絵は、『枕草子』に記された清少納言の「香炉峰の雪」のエピソードを下敷きにしており、「月」は紫式部をモチーフにしている。雅な世界なのである。北斎はその春章の弟子だったが、この「二美人図」は勝川派を離れた後の肉筆画。左側の女性、長身で首をくいっと曲げた感じが独特。

春章の「婦女風俗十二ヶ月図」の解説映像も、会場では公開されている

MOA美術館が所有する春章のもうひとつの重要文化財、「婦女風俗十二ヶ月」の展示も見ものだ。春夏秋冬、それぞれの季節のトピックを美女の姿と共に描いたこの連作、細部まできっちりと描き込まれた緻密さが見どころのひとつだが、MOA美術館では今回、それについての解説映像を制作し、各作品のポイントを高精細で見せてくれる。映像を使った作品解説は、この美術館のお得意だが、今回も興味深い仕上がりになっている。

喜多川歌麿「風流六哥撰 康秀」 江戸時代 18世紀

最後のコーナーは喜多川歌麿の錦絵。「UTAMARO」といえば「HOKUSAI」と並んで海外でも人気の絵師。清長などと比べると、肉感的でリアルな女性を表情豊かに描いており、「風流六哥撰 康秀」や「婦女人相十品 文読美人」などの展示品からも、その魅力ははっきりと見て取れる。

「世の中の最先端」=「浮世」を描く浮世絵は、「美人画」と「役者絵」が本来の本道だった。だからこそ、時代時代の実力派絵師が「美人」を描き、そこに自分たちの工夫を加えていった。「1点もの」として技巧を集中させた「肉筆画」と大衆人気を集めた「錦絵」。この展覧会で双方を見比べながら、江戸に想いを馳せてみるのも楽しいかもしれない。

(事業局専門委員 田中聡)

展示風景
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